拙著『マンハッタン・ミラクル! ―人生に奇跡を起こすニューヨークの秘密―』(フォレスト出版)が発売されました。ニューヨーク生活30年を超えたわたしのニューヨーク・ライフ、ニューヨークで学んだこと、ニューヨークだからこそ経験できたことなどを綴ったエッセイ集です。書き下ろしの他に、本連載からも何本か、抜粋して、加筆して掲載されています。

今までの無数の経験からほんのひと匙をすくいとったエピソードを順番に書いていくと、自分が、30年余のニューヨーク生活で、何に導かれ、何を与えられ、どんな役割を果たしてきたのか、ということや、あの人この人との出会いにどのような意味があったのか、ということ、そして今後ここで何を見ていくことになるのか、ということなどが浮かび上がって見えてきた気がしました。

60年代に、アンディ・ウォーホルは「これからは皆15分で有名になれるだろう」と予言し、70年代には「予言は当たった」と言ったのでしたが、その彼自身が有名になり、また彼が大勢の有名人を育てたのはニューヨークでした。

80年代の終わりにニューヨークに住み始めたわたしは、「15分で夢打ち砕かれる人たち」の方を数え切れないほど見てきました。

ニューヨークには、本当に世界各国から来た人たちがいて、狭い場所に密集しています。皆が何かを夢見てやってくるわけではありません。でも、誰もが、生きていくために来ているのです。

生きていくということの中には、もちろん、経済的に生き延びていくということも含まれますが、心の渇望もあるのです。心に水をやり栄養を与えなければ生きていけないので、その水と栄養を求めるのです。

10年以上前のことになりますが、西海岸から越してきたヨガの先生がいました。正確に言うなら、彼女はヨガの教師のライセンスを取ったところで、スタジオを借りて、自分のヨガ教室を始めたところでした。

でも、生徒さんはなかなか現れてくれなかったのです。その頃はまだSNSは広まっていなくて、メールと郵便、ローカル誌や自然食料品店の掲示板などを使ってできることはしたようですが、ニューヨークには、その頃すでに大勢のヨガティーチャーが生まれていて、そこかしこにスタジオがありました。熾烈な競争がもう始まっていたのです。

週に一度のクラスは、時々、わたしを含むひとりかふたり。たいてい生徒数ゼロ。彼女はレンタル代を払っているスタジオでひとり時間を過ごしていました。

「帰らないの?」「ひとりの時間、貴重なの。だから、いいの」と彼女。

わたしが尋ねた理由は、彼女がシングルマザーで、お金も稼がなければならないし、時間がいくらあっても足りない日々だということを知っていたからなのですが、だからこそ、彼女は、生徒の来ない一時間半を、ガッカリするだけでなく、宝物のようにも受け取ることができたのかもしれません。

彼女はやがて、スタジオに、いろいろなものを持ち込み始めました。ピクニック用のバスケットにも見える大きな箱の中身は、アクセサリーを作る道具や貴石です。ヨガの時間は、彼女の趣味であるアクセサリー作りの時間になっていました。

そうやって、彼女はヨガスタジオを借り続け、お金を払い続け、アクセサリーを作り続けたのです。作ったものは、友達にあげていました。

一年が経った頃。

やっと生徒さんが集まってくれるようになった、ということはありませんでした。でも、彼女は、スタジオとは関係のないところで、仕事を辞めたばかりで自分の道を探しているビジネスウーマンと出会ったのです。その人が、彼女のアクセサリーに、ぴんとくるものがあると言い、「わたしがこれを売るわ。一緒にビジネスをしましょう」ということになりました。

彼女の、ヨガの先生になるという夢、または計画は、15分ではなく一年かかりましたが、壊れ、代わりに、思いがけず、ジュエリーデザイナーとしてデビューを果たすという道が訪れたのでした。

こういうことだったのね、と2人で頷き合いました。

こういうこと、とは、まず第一に、「ヨガの教師になりたい」と夢見て、長い時間を費やしてライセンスを取得したつもりだったけれど、その夢は、本当の夢ではなかった、だから、打ち砕かれたのだった、という意味です。

彼女は、「ヨガの教師ならいいんじゃないかと“考えた”だけだったのかもしれない」と言うのです。「稼げるんじゃないか、自由もそこそこあるんじゃない

趣味のアクセサリー作りと貴石集めは、趣味としてなら受け入れられたけど、好きだからこそ、自分がデザイナーとして身を立てるなんていう“大それた夢”は心から締め出したかった、実際締め出していて、一度も想像したこともなかった、と言うのです。

私たちは、皆、だいたいそうよね、と頷き合いました。自分の情熱の源に意識が届くのが怖くてならない、だから、「ちょうどいい程度」のところで自分を止めておこうとするのが、私たちの習性よね、と。

でも、私たちの心の内にある源は、自分で怖がるほど大きく強く、締め出そうとしてもビクともしないで自ら広がっていくものなのですね。

夢は砕かれた方がいいと思っています。出来るだけ早く。本当の夢が奥から顔を出すでしょうから。そしてさらにその奥があるでしょう。そのまたさらに奥には、一番目の夢も生かされた、さらに壮大な夢が、道が控えているはずなのです。そんなふうにまばゆい道を見つけた人に、大勢ニューヨークで出会ってきました。それが、わたしの夢の1つでもあったのだなと気づきました。そうやって、ミラクルを次々目撃していくことが。

( 初出誌 Linque Vol. 65 発行 : 国際美容連盟 2019年7月)