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執筆者の写真Yasuko Kasaki

71. パンデミック、一年ののちに。

皆さんにニューヨークからお便りしている今現在、日本はコロナ感染の終息(ましてや収束)の目処はたっていません。ワクチン接種もやっと始まったばかりでしかも混乱を極めています。五輪開催反対論がついに主要メディア全てに登場したようですね。

医療崩壊と聞いても、現場にいる人、現場に近い人でなければ、あまりピンときていないのが正直なところではないでしょうか。コロナ感染で大事な人を亡くした遺族や身近な方達が少なくない一方で、周囲に感染目撃の経験がない人が大多数では。マスクはするけど手洗いはもういい加減になってしまった人、一年以上、今も念入りに手洗い、 うがいを励行する人、感染に対する感受性もさまざまの様子です。

ニューヨークのパンデミックの経験の仕方は、日本とは大きく異なっていました。他の多くの出来事と同様に、同じ感染問題でもまったく違う道を歩いてきたと言えるほどに。

一年前の春は、世界最悪の都市、と言われるくらい、感染者も死者も多く、マンハッタンでは24時間、救急車のサイレンが響き渡っていました。目の前で、自分の住まいのビルからご近所さんが担架で運ばれていくのを見ることもあり。そしてロックダウンは完全に人との接触が遮断されるため、正気を保つのに皆、必死でした。

それから一年、今ニューヨークは、ワクチン接種が行きわたり、感染者数は激減し、市長の経済完全再開宣言も出ています。観光客を歓迎するどころか、ワクチン接種もぜひどうぞという受け入れも開始しました。やはりニューヨークは、何に関しても、経験の仕方が極端、強烈、スピーディ、鮮やかなのです。

とはいえ、再開と言っても簡単ではないはずです。他の都市と同様、一年の傷痕は小さくありません。摩天楼は空っぽですし、リモートワークになった従業員たちは、ニューヨークの高額な住居を出て田舎や郊外に転居しました。毎日のように引っ越しトラックが道を塞いでいました。地元で愛された老舗のレストランは閉じられてしまい、日本人人口もかなり減ったと聞いています。

でも、他のあらゆる出来事でそうだったように、ニューヨークはやはりスピーディに立ち上がるでしょうし、また、“元に戻る”ことは目指さないでしょう。次のスタイル、次の方法、次の都市作りの模索をするでしょう。

ニューヨークは、ショービジネス、パフォーミング・アーツのメッカでもあります。劇場が完全に閉じられた一年間、関係者に何が起きたでしょうか。影響の受け方や考えたこと、変化の仕方は千差万別でも、同じものには戻らない、ということだけは共通しています。何か新しい創造が、息を潜めていた間に生まれているからです。

ニューヨークで長く暮らしてつくづく感じること、確信したと言えることは、訳のわからない事態に直面したり、先行きが見えなくて不安になったり、当たり前だったことが消えてしまったり、指針としていたものに価値が無くなったり、積み上げてきたつもりの自信があっけなく崩れたり、つまり、「混沌」を経験すると、人は、「必ず」

創造的になる、ということです。新しい道を見つける、今までより広い空間に出る、前より生き生きとする、創意工夫が実を結ぶ、というような、創造性が姿を表すのです。

このように教わった、セミナーで〇〇さんが言っていた、本にこう書いてあった、、、という学び方、こうすればいいわけね、というやり方に、私たちは心の底から満足できず、喜びを見いだせないので、いのちの力が、どんな出来事でもそれを道具にして、一度それらを完全に破壊して、心に混沌を作り、一切を一旦お手上げ状態にし、手放し、降参し、そうするうちに混じり合って発酵したエネルギーが、“真に自分らしい、あらゆる面で完璧なライフ”を出現させるのだということです。

同じ境遇に直面した人全員がそうなるということではなく、混沌とした、“壊れてしまった価値観”を受け止めた時だけ、心に積み上がった瓦礫のかけら、散乱したゴミの中で、それらが色彩豊かな一枚の絵に仕上がっていくのをセンス・オブ・ワンダーと共に目撃することができるのだと思います。

これから巡り来る新しい日々を祈りましょう。一枚の傑作を創造しましょう。

「どうなるのでしょうか」「どうしたらいいでしょうか」と唱える代わりに、「今、私に巡り来ていることを受け入れられますように」「今までの価値観で判断したり切り捨てたりせず、今起きていることを歓迎できますように」と祈りながら。毎瞬の筆捌きによって、絵画は完成するのです。その一筆に信頼を込められるよう、祈りましょう。

わたしも、17年やってきたCRSのスペースの半分を手放すことにしました。同じやり方に戻るかどうかと考えた時、答えに迷いがなかったからです。とはいえ、手放す半分の代わりに何を創造するか、その答えはまだわかりません。わからない、ということが、この一年でとても普通になっています。未来より今に心が落ち着いています。

( 初出誌 Linque Vol.72 発行 : 国際美容連盟2021年5月)

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