66. 効率を求める方法では遅すぎます。

外に出ると、路上はサンタだらけ。近所のバーの周りにサンタがどっさり。徒党を組んで歩いているサンタは、バーからバーへハシゴしていて。まだお昼なのにもう酔っ払ってフラフラしているサンタも少なからず。無理もありません、飲み始めるのは午前10時半なのだから。... 続きを読む...

65. あなたを彫刻作品として見る 

ニューヨーク近郊には、驚くべきことがたくさんありますが、そのひとつは、いくつもの素晴らしい彫刻公園です。市内のノグチ・イサム美術館も有名だし、マンハッタンには路上の彫刻作品も少なくないのですが、少し足を伸ばすと、それはそれは広大な敷地に、サイズもアイデアも、伸び伸びと制作された彫刻作品、建築作品が点在する公園があって、どの公園も、隅々まで行き届いた手入れがされて、草花も豊かに生き生きとしています。 広い公園にある作品は、基本的にみな大きく、または巨大です。... 続きを読む...

64. マンハッタン・ミラクル! 

拙著『マンハッタン・ミラクル! ―人生に奇跡を起こすニューヨークの秘密―』(フォレスト出版)が発売されました。ニューヨーク生活30年を超えたわたしのニューヨーク・ライフ、ニューヨークで学んだこと、ニューヨークだからこそ経験できたことなどを綴ったエッセイ集です。書き下ろしの他に、本連載からも何本か、抜粋して、加筆して掲載されています。... 続きを読む...

64. マンハッタン・ミラクル! 

拙著『マンハッタン・ミラクル! ―人生に奇跡を起こすニューヨークの秘密―』(フォレスト出版)が発売されました。ニューヨーク生活30年を超えたわたしのニューヨーク・ライフ、ニューヨークで学んだこと、ニューヨークだからこそ経験できたことなどを綴ったエッセイ集です。書き下ろしの他に、本連載からも何本か、抜粋して、加筆して掲載されています。... 続きを読む...

63. もっとも長い旅路に

飛行場にさえ行けば、そして飛行機に乗り込んでしまえば、“多少”時間の長短はあるにしても、世界中何処へでも行ける時代です。どこかへ行きたいと思う時、そこが遠いか近いか、あまり関係がなくなってきました。遠くても、逆に航空運賃が安い場合もありますし。近く見えても乗り継ぎが不便な場所もありますし。... 続きを読む...

62.非日常の出来事と日常の経験  

ニューヨークのラガーディア空港からセントルイスに旅した時のことです。 午前10時のその便の搭乗口は大騒ぎになっていました。オーバーブッキングで席の取れない人が20人以上もいたのです。 航空会社は、不参客を見越して定員を超えた予約をとるようですが、アメリカの国内線は、そのために乗れない人が出るのがしょっちゅうです。 「別の便に変更してくれる人はいませんか」... 続きを読む...

61. これがわたしたち 

羽田からニューヨークへ戻る機内で、アメリカの人気テレビシリーズの ”This is us” を観始め、止まらなくなって観られるだけ全部観て、ニューヨークに着いてから、シリーズ全部を観通してしまいました。 そうなるだろうなとは、観る前からわかっていました。ずいぶん前に、ニューヨークの市バスのお腹に描かれた広告写真を見かけた時から、「これは絶対わたしがハマるドラマだ」と思っていたのです。ハマるとわかっていて観ていなかったのは、単にハマっている時間がなかっただけの理由です。... 続きを読む...

60.ピタリとハマる

ニューヨークでは、誰もがしょっちゅうあちこちで自己紹介を繰り返しています。路上で、公園のベンチで、店先で、郵便局の列に並びながら、地下鉄で立ったまま、、、見知らぬ同士が何かのきっかけで話し始めるということが頻繁にあります。 名前を教えあうわけではなくても、ほんのいっときの会話に、自分のライフスタイルや背景が透けて見えるようなものが混じります。 「なぜ私がこの地下鉄のラインを一番よく利用するかというと、通勤のためではなくて、美術館によく行くからなのよ」... 続きを読む...

59. ザ・ニューヨーク

寒い雨の日となったお彼岸に日本を発ち、日本よりさらに気温の低いニューヨークに戻ってきました。でもお天気はよく、空気は春のもの。日向を歩くと暖かく気持ちが良いのです。 そんな週末、午後から散歩に出かけました。日向を選びながら、南へ、南へ、歩いて行きます。 まずはバワリーストリートのICP(International Center of Photography)へ。 第二次世界大戦中の、日系人の強制収容所での、そしてそれにまつわる写真展です。 日本が真珠湾を攻撃した後、アメリカにいた日本人のほとんどが、強制収容所に隔離されました。... 続きを読む...

57. ニューヨークには天使がいっぱい

「やっぱりニューヨークがいいなあ」と、しみじみ呟く人に、立て続けに会いました。 そのうちのお一人は、日本人です。電車とプラットフォームの間に落ちて、片足と片目を失いました。「失ったものが、二つあるものでよかった!」と輝く笑顔でおっしゃるKayさんは、スポーツジムでパーソナル・トレーナーをしていました。そして、今も、です。ただし、日本のスポーツ・クラブではなかなか雇ってもらえないそうです。リハビリ後「あなたはどうしたい? トレーナー続けますか?」と尋ねたのは、米軍基地内のジムだけだったそうです。... 続きを読む...

56. 鶴が共に空を舞うとき

前号の、日本人の感覚とは違う流儀で生きるロシア人のニューヨーカーのご紹介に続いて、今号は、『奇跡のコース』を学び、数々の奇跡を大勢の皆さんと分かち合い、平和を広げる日々を歩んでいるお仲間、源和子さんを通して、奇跡の広がり方の一端をお伝えしたいと思います。 祈りは届けられる。祈りは広がり、分かち合われる。祈りは平和の経験にわたしたちを導く。祈りを心に広げることが、人生の豊かさと意味を目撃する道。 和子さんは、それを実践し、自身の人生に豊かさと意味を目撃し、世界中の人たちがつながり合い、心の力を増やしてきたニューヨーカーです。... 続きを読む...

55. 心の成功はたった一種類

彼女の名前を、サラ、としておきましょう。ペテルスブルク出身で、素敵なロシア名を持っていますが、アメリカでは、アメリカ用の名前を使っています。 まずは語学学校の学生の身分で入国。一年の内に英語に磨きをかけ、一年の内に結婚相手を見つけました。そのふたつが、アメリカでの最初の一年の彼女の目標であり、それを果たしたのです。... 続きを読む...

⑨ ヒーリングの前提

抱えている重石が、自分の思い込み、幻にすぎない、という“事実”を受け入れたいと願うことこそ、祈りの出発点であり、また最終地点だということをすでに書きました。 幻想だったという気づきとは、つまり、 「自分の過ちは何事も、誰をも、変えることはなかった。だめにすることはなかった。破壊力を持たなかった」 という安堵感を持つことです。 さらには、 「しかもそれは、自分の過ちですらなかった」... 続きを読む...

54. 依存ではなく、信頼を育てたい

マンハッタンのダウンタウンにある広場、ユニオンスクエア。フラットアイアン、チェルシー、グラマシー、ブロードウェイ、パークアヴェニューに囲まれ、マンハッタンのお隣のブルックリンやニュージャージーに出る地下鉄も通っているターミナル駅があり、週に三回出るファーマーズ・マーケットには、遠くからも大勢の人が訪れて賑わいます。 わたしは、30年近くなるニューヨーク生活を、ずっとこの地域の周辺で暮らしてきました。ファーマーズ・マーケットの真ん前に住んでいたこともあります。... 続きを読む...

ヒーリング・ハンド

手は何もしません。手が癒すわけではありません。スピリットがそこにあることを、わたしたちが手を使って確認しているだけです。 この写真の手は、ラム・ダス編/著『愛という奇蹟』で描かれているマハラジ、ニーム・カロリ・ババのものです。わたしは、この写真を、CRSオープン当初のヒーラーにプリントしてあげていました。そのひとり、ジョージくんは、この写真を額に入れ、いつもヒーリング・クリニックに持ってきて、そのそばでヒーリングをしていました。わたしは今も、この写真を自宅に置いています。... 続きを読む...