46. パトカーに囲まれて

この秋から冬にかけて、CRS は、夥しい数の警官とパトカーに囲まれていました。
お客様のなかには、事情がよくわかっている方もいれば、「いったいどうしたのですか!? まるでテロリストを取り囲んでいるみたい!」と驚く方もいました。
日本のみなさんもお聞き及びのことと思いますが、白人警官による黒人射殺事件が全米で相次いでいて、それに対しての抗議デモと集会が、連日、近くのユニオンスクエアで行なわれていました。暴動に発展するのを防ぐ、という理由で、警官たちが待機しているのです。
この抗議運動は、特に、ミズーリ州で起こった事件後、黒人を射殺した警官が無罪になったことに関するものです。
路上駐車の場所がまったくなくなってしまうほど、どの一角もパトカー、護送車、ポリス・バイクで埋め尽くされ、そして大勢の警官たちが、一日中たむろしていました。抗議運動がどこかで始まれば、ただちに出動できる態勢をとっています。
ミズーリ州の事件とは、2014年8月、18歳の黒人青年が、「警官を殴り、銃を奪おうとしたために発砲し射殺した」と警察側が主張したものです。一方、現場にいたその青年の友人は、彼は手をあげて無抵抗だったと言っていて、両者の証言は正反対でした。いずれにしろ遺体には何発もの銃弾が撃ち込まれていました。
その後のニュースは日本にも届いているでしょうから詳細はここでは省きますが、この事件のすぐ後にも似た事件があり、そして11月には、おもちゃのピストル(エアガン)を持っていた12歳の少年が射殺されるということが続きました。
なぜ白人警官が、黒人に対して”誤った発砲” を繰り返すのでしょうか。人種差別でしょうか。警官は発砲するだけではありません。殴りもし、蹴りも入れます。
けれど、警官は、黒人に対してだけ、そうするのではありません。他の人種、たとえばアジア人にも同じことをします。
ある中国人のレストラン経営者は、マンハッタンの通りをわたっているとき、たまたま通りかかった警官に注意されました。そこは、横断歩道ではなく、本来はわたるべきところではないからで、それはジェイ・ウォークと呼ばれて、禁止されています(とはいえ、わたしたちニューヨーカーのほとんどは、いつも、ジェイ・ウォークをしていますが。そして警官がそれを見つけて注意しているのを、私自身は見たことがありませんが)。ところが、その中国人の男性は、おそらく英語がよくわからなかったのでしょう、返事をせずにそのまま通り過ぎようとしました。警官はそこで何をしたか。いきなり彼を路上にたたきのめし、重傷を負わせたのです。そしてその件でも、警官の非(やり過ぎ)は言及されていません。
そのようなことは、警官だけがやっているのでもありません。十年以上前になりますが、 ルイジアナ州に留学中の日本人学生が、ハロウィーン・パーティに出かけたところが、訪問先を間違え、その家の主人に侵入者と勘違いされて射殺されたという悲劇が起こりました。相手は、フリーズ!(動くな!)と言ったのでした。日本人学生は、その意味がわからなかったのか、あるいは真剣に受け取らなかったのか、「パーティに来たのです」と、にこにこしながら近づいていったために至近距離で撃たれたのでした。この事件も、判決はいったん無罪となりましたが、遺族と友人たちの粘り強い行動によって、その後有罪(罰金刑)が確定し、それはもう大勢のアメリカ人も、歓声をあげて喜び合ったものです。
これはどういうことなのでしょうか。人種差別に加えて、銃規制の問題があるということなのでしょうか。
もちろんそれらは大事な問題です。でも、それらの問題の根本原因となっているものを見なければ、問題の解決はありません。つまり、誰もが、心に、「パニックに陥るほどの恐れ」を持っているということです。警官たちも、怯え切っているのです。馴染みのない、見知らぬ他人に対しての恐れが心のなかにある、つまり、いつも緊張状態にさらされている、だから咄嗟に、“自分の身を守るための攻撃”に出るのですね。
そしてその恐れは、アメリカの警官に限らず、わたしたち皆の心にあるものに違いありません。
相手を見知らぬ他人と見なすなら、怖がらないわけにはいきません。相手にどう思われるか、受け入れてもらえるか、はたまた、歓迎できる相手かどうか、そのようなことを、心のなかで身構えつつ接する、ということは、日常でよく起こっているのではないでしょうか。わたしたちは相手を蹴ったり打ったり、ましてや殺しはしないかもしれません。でも、自分を守るために心のなかでだけであっても、相手を攻撃している、そのような緊張が、人との間に溝を作り、差別を産み、格差を生じさせ、犯罪や戦争につながるので。はないでしょうか。
わたしたちCRS の仲間は、夥しい数の警官たちと顔を合わせるたび、心のなかで Thank you! と言うことにしました。「わたしたちの心のなかにあった恐れを思い出させてくれてありがとう。見知らぬ他人など存在せず、誰もが、同じように幸せと平和を求める兄弟姉妹なのだということを思い出させてくれてありがとう」という意味です。心のなかだけで言っているのですが、それが通じていることがよくわかります。警官たちの顔が優しくなります。そしてこちらの心からも恐れが消えて、「人を怖がらなくてよい」安心した一日を送れるからです。

(初出誌 Linque Vol.47   発行:国際美容連盟2015年1月)