45. 一枚の服から雄弁な平和を受け取る

看板を掲げていない、小さな、知る人ぞ知るギャラリーでの展覧会に誘ってくださった方がいました。

そこに展示されている写真には、それはカラフルな服の数々が、収められています。ほとんどが夏物で、薄い、透けるような生地も多く、靴下なども、その透け具合を、写真家は丁寧にカメラに収めています。ライティング・ボックスを使い、また、ライトを当てたり自然光で撮ったりと、素材によって、よく考えて工夫をされているのがわかります。

ギンガムチェックや、チューリップ模様の散ったワンピース、鮮やかな紫色のワンピース、花柄の子供服など、色とりどりで驚いてしまいます。丁寧な手縫いのステッチも、アップで撮影されています。

まるでオーガンジーで仕立てた、透けるお洒落着に見えるものは、これもまた写真家の腕によって、カメラには収められていない、その服を着ている女性が、今にも生き生きと身体を動かして、その生地が、揺れたり跳ね上がったりするのではないかと錯覚してしまいます。

でも、それはあり得ないのです。なぜなら、それらの服たちは、広島で被爆し、命を落とした方々の遺品だからです。

服が色鮮やかでプリント柄も種類豊富で、驚いてしまうと先に書いたのは、当時の女性たちが、「こんなカラフルな服地のものを持ち、身につけていたのか」という驚きなのです。

ピンクの花柄のリボンが、襟と見頃と短い袖をかたち作っている一点があります。リボンが縫い付けられていたはずの生地はありません。溶けてしまったのでしょう。オーガンジーのお洒落着に見えるものも、元はしっかりした厚みのある生地だったのかもしれません。

作品のなかには、焼け焦げた国民服や、男の子が焼けた靴を履いて母親を探し求めて走った、という、その靴の片方や、血のようなものが散ったブラウスなどもあり、歪んだアルミのお弁当箱と真っ黒になったその中のご飯もありますが、先に述べたように、ほとんどの作品からは、悲惨さを訴えるエネルギーではなく、残された服から、その服を着ていた人の、温かく、変幻自在に揺れ動く、豊かな心が、そっくりこちらに流れ、伝わり、つながるような感じを受けて、長い間、足が動かなくなってしまうのです。

写真家は、石内都さんです。

石内さんは、かつて、『マザーズ』を発表なさった際に、「死というのは、モノを残すことなんですよね」とおっしゃっています。

そこには、彼女のストーリーがありました。うまくいかなかった母親との関係、という物語が。少しずつコミュニケーションができてきたかと思えたその途中で母を失うという、そして、遺されたものたち、特に口紅や下着におおいに戸惑う、という物語が。

「下着とともに、母の皮膚が、いっぱい残っている」と感じた彼女は、それらを捨てられず、写真に撮り始めるのでした。そのようにして、母親との対話をしていく、母親を理解していく、母親の人生、心を受け取っていく、そうして、「これは母が遺した単なる遺品ではない。わたしは今、これを形見として見ている」というところにたどり着きます。

それから数年後、彼女は、“ひろしま”の形見の数々に向き合うことになるのです。

原爆のような、暴力と見えるものに対して、攻撃の心で返す代わりに、目に見えるモノの向こうに、ひとりひとりの心を見る、心を感じる、その人を自分の心に受け入れる、という姿勢を、石内都さんは、くっきりとした表現で、わたしたちに見せてくださっています。そのようなアプローチこそが、あやまった方向を見ている心を元に戻し、あたたかい穏やかさを心に再生させ、そしてそれを目に見えるものに広げていく、つまり、平和な状況を知覚していく、ということを可能にするのではないでしょうか。

このプロジェクトのドキュメンタリー映画は、ニューヨークのリンダ・ホーグランドによって制作され、日本で2013 年にすでに劇場公開されています。その中に登場するカナダでの展覧会は2011年に開催されています。石内さんは世界的に知られた写真家ですから、数々のアメリカの美術館が作品を所蔵しています。このプロジェクトも、メディアで取り上げられています。それでも、この2014年秋の、ひっそりとした展覧会が、アメリカでの初めてのものでした。アメリカは、この原爆というテーマにすぐに飛びつくわけにはいかなかった、展示公開を今までできなかった、という事実が、出来事、あるいはモノを中心とした姿勢が、どれほど頑固なものかを示していると思いますし、同時に、モノの向こうの心を見る、という写真家の姿勢が、ゆっくりではあっても、着実に世界を動かしている、ということを示してくれていると思います。この展覧会は、来秋、大々的にアメリカで公開されるということです。こうした平和に向かう目を、日常のなかで、みんなが持てるなら、、、と祈らずにいられません。そして、モノを通して語りかける人の心を受け取る心を、自分のなかに、もっともっと育てていきたいと、そこから気を逸らしたくないと、改めて、強く思います。

(初出誌 Linque Vol.46   発行:国際美容連盟2014年10月)