42. こだわりを捨てる難しさと捨てたときの美しさ

『朗読者』というドイツ小説があります。わたしが読んだのは英語版が出版されてすぐのことで、あまりに感動したために、しばらくして日本語版が出たときに、「日本語でもちゃんと感動が伝わっているか気が気でなく」そちらも読み、訳の素晴らしさにほっとしたのを覚えています。
この作品は、『愛を読む人』(邦題)として、映画化もされました。この十代の少年と二十一歳年上の女性との恋愛物語の、女性を演じたケイト・ウィンスレットは、米国、英国両方のアカデミー主演賞に選ばれています。
今、恋愛物語と書きましたが、これは、ナチス政権後のドイツが背負っている重い荷物を描き出した作品でもあり、さらに何よりも、わたしたちが持つ「こだわり」「プライド」の頑さを浮き彫りにした傑作です。
年下の恋人を持つその女性は、元ナチスSS、強制収容所の看守をしていた過去があり、当時収容所で起きた火事で大勢のユダヤ人が死亡した件で戦争犯罪裁判にかけられます。彼女には、実はその件で罪はありませんでした。でも、あえて無実を訴えず、無期懲役の判決を甘んじて受けるのです。なぜ?
それは、無実を証明するためには、彼女が実は文盲だという事実を打ち明けなくてはならなかったからでした。そして彼女は、そんな屈辱を受けるより無期懲役のほうがマシだと思ったのでした。
無実は要らない。プライドが傷つけられるくらいなら。恥部がえぐり出されるくらいなら。秘密が明るみになるくらいなら。
わたしはこの作品から、人間の心が持つ秘密とは何なのかを明らかにしてもらったように思いました。こんなにも、わたしたちの心の秘密の力が強いこと、秘密の箱には頑丈に鍵がかけられていて、その鍵を、わたしたちは、文字通りいのちを賭けても誰の目にも触れさせたくないということが実際にあるのだということに唖然とし、また納得もしたのでした。
そのことを数年ぶりに思い出させていただく機会がありました。
先週末、CRSで毎年恒例のホリディパーティで、ゲストにお迎えした女優のYokkoさんが、秘密の鍵を開けて中を分かち合う、ということをしてくださったのです。
Yokkoさんは、頭の形がとても良く、また目がことのほかきれいな女性で、その両方を際立たせるべく、髪を剃り上げています、素敵ですね・・・と、ご紹介するなら、誰もが疑いなくそれを信じるでしょう。実は、十九歳のときに、激しいストレスから、髪が全部抜け落ちるということがあったのです。しかも、髪を取り戻すべく受けた治療のために、次は全身の皮膚がただれ、生死の淵までいく経験もなさっていました。幸い皮膚は回復し、日光を徹底して避けるなど細心の注意を払っている限りという条件付きで、今はなめらかで美しいお肌の持ち主です。でも髪はまだ戻ってきていません。
激しいストレスというのは、彼女が旧家の生まれであり、お父様が弓道師範、そのお父様の日本旧来の厳しさ、さらには、実は男子を望まれていたということへの罪悪感、それを乗り越えるために、なんとしてでもお父様に気に入られるようになりたいと願うも、大学の学部選びにしても将来の仕事の道の選択にしても、まったく正反対の思いを持つふたりの間に、和解の点はないように感じられたのだそうです。それでも、自分の思いよりも父の願いをまず、というYokkoさんの必死の努力に、身体が悲鳴をあげて「無理ですよ。ご自分に素直になってください。なっていいのですよ」と教えてくれたのでしょう。
Yokkoさんは、かねてより自分のほんとうの夢であった女優の道に進みます。そしてアメリカに来ます。二つの大学で学び、さらに名門アクターズ・スタジオで修士号を取得します。「髪をなくした甲斐があったね。よかったね」と言いたいところですが、苦難はさらに深く続きます。
男であればよかった、と思われて生まれ、女であることに非常な心地悪さを感じて育った彼女は、日本古来の女性の美、ストレートな黒髪を失ったこと(健康な肌も)で、「わたしは美しくない」というほとんど確固としたアイデンティティを作り上げてしまったのでした。
繰り返しますが、誰ひとり、彼女をそのように見る人はいないし、彼女がそんなふうに感じているなど想像できる人すらいないでしょう。でも、彼女は、何年もかけて、女優としての自分を磨きながら、舞台を創造しながら、脚本を書き、踊り、演じながら、女優として自分の半生をさらしながら、さらには、さまざまなヒーリングやヨガを学びながら、自分の美と女性性を少しずつ受け入れるという癒しの道を歩いていたのです。始めはひとりで、そして少しずつ人々に自分を見せながら。
今の今まで、ウィッグをつけずに男性と会うなんて考えられもしなかった、と、彼女は聴衆を前に語ってくれました。「でも、こうして、分かち合いを受けとってくださるみなさんのおかげで、オープンになれました」「君はきれいだ、と言ってくれた人にも助けられました」「でも、何より、父が、後にも先にもこれが初めて、の、赤い薔薇をプレゼントしてくれたことが、わたしに救いの力を与えてくれました」とおっしゃるのです。
日本男児のお父様が、どのような経緯でいつ彼女に薔薇を贈ってくださったのか、ここではあえて詳細を省かせてください。 女優Yokko が、自らそれを舞台で教えてくれる日は遠くないだろうと思うからです。代わりに、そのパーティで、実に何カ国もの、何人もの方が、「わたしも実はよく似た経験をしたのです」「これを人に話すのは初めてですが」と話してくださったことを付け加えておきます。秘密の箱の鍵を開け、中身を分かち合うとき、それはもはや秘密ではなく、大勢が共有するただひとつの経験だということが理解できるのだと、しみじみ思いました。美は、頭の形や黒髪にあるのではなく、この、鍵を開けるということ、分かち合うことで生まれるものなのだな、とも。

(初出誌 Linque Vol.43   発行:国際美容連盟2014年1月)