40. 自分の人生プランではなく、自分を待っている人生を受け取る

ニューヨーク・シティでは、年間にわたってさまざまなアート・イベントがあちこちで行なわれます。先日は、BOS(=ブッシュイック・オープン・スタジオ)というイベントがあり、わたしも足を運んできました。
このイベントは、ブルックリンのブッシュイック地区(=B)を中心に、その界隈の アーティストを応援するためのオープン(=O)スタジオ(=S)ボランティア団体が主催して七年目になるものです。マンハッタンで言えば、グリニッジビレッジより少し広めのこの地区で、 週末の三日間にわたって、コンサート、フィルム上映、自らのスタジオを開放して作品を展示/売買する、などのイベントに、実に六百人ものアーティストが参加しました。
わたしの友人は、大きなビルのなかにスタジオを構えていて、ビル内の、なんと五十人ものアーティストと共に、オープンスタジオに参加していました。スタジオを構えるなどというと、大層なことに聞こえるかもしれませんが、皆、元倉庫、ぼろぼろのビルを一部屋ずつ借りて(友人は、一部屋をさらに別のアーティストとシェアし、日本円にして三万円程度の家賃を払っています)制作に励んでいるのです。三万円の家賃なら「なんとか頑張って維持しよう」と思えます。また「家賃を払っているのだから、毎日ここに来てしっかり制作しよう」とも思えます。さらに、ビル内のほとんどがアーティストですから、お互いに触発し合い、情報交換し、友達になれるというメリットもあります。どのフロアでも、隣の部屋でも、またシェアしている同じスペースで、友人たちが制作に励んでいる、という環境ほど、「今日は疲れている」「意欲が湧かない」「アイデアが浮かばない」などといった愚痴を脇にのけて創造の世界に踏み出す助けになるものはないのではないでしょうか。
ニューヨークは、家賃がべらぼうに高く、アーティストたちは皆、生活を支えるために仕事を掛け持ちしながら頑張っていますが、マンハッタンから少し離れた地域に安く使える場所を見つけ、そこにアート・コミュニティを作っていく工夫と気概に拍手を送りたくなります。
このイベントに参加したもうひとりの友人は、この地区が、今よりも安価だった時期に家を買っていました。妻は画家、夫はミュージシャン、幼い子ども二人。
マンハッタン内ではとても望めない、広い家のなかの広いスタジオに、描けるのは「木曜の深夜だけ」と言う彼女の大きな新作が何枚もかかっているのに驚きました。子どもたちを育て(現地の学校にも、日本語教育にも、お稽古ごとにも子どもたちを連れていくことを含めて)、家計をやりくりし、しかも夫婦ともにアーティストとして着実に活動していくことは、可能なのです。
その日、彼女のスタジオを訪れていた先客は、誰もが皆、小さなお子さん連れでした。そして誰もが、同じアーティストでした。アーティストとして生きるということ、ましてやニューヨークのような、物価世界一、競争の最も激しい都会にいて、それを貫くのは、並大抵ではありません。しかも、国籍がアメリカ人ではないとすれば、居住権を得るための努力や支払いといったことも加わってきます。けれども、そこで生き抜き、自分のアートを大切にし、そのための時間もなんとか作りながら、家庭を持ち、子どもたちを豊かな環境で育てている人たちが数多くいること、そして、たとえばこのBOS のようなイベントに大勢の人が訪れ、ストリートで売られるアートとは比べものにならない値段のついた作品が、実際に売れているという事実は、計り知れない勇気をわたしたちに与えてくれます。
「私たちは、自分の人生プランを捨てなければならない。代わりに私たちを待っている人生を受け取るために」と言ったのは、神学者ジョーゼフ・キャンベルでした。
自分のちっぽけな計画を超えた、センス・オブ・ワンダーに満ちた人生を迎えたいなら、この世のなかを見わたして、そこに自分を順応、適合させることを考えるのをやめなければなりません。そのような恐れに満ちた考えの代わりに、自分が今まで想像すらできなかった人生、自分の持てる力を最大限に生かせる、夢見ることをはるかに超えた人生を受け取ることができる、という真理を、経験を通して理解していかなければなりません。その理解がなければ、完全な幸せはあり得ないからです。そして、ブッシュイックのアーティストたちは、その経験を、わたしたちと分かち合ってくれています。
ところで、ニューヨークシティには、コミュニティ・ガーデンと呼ばれる菜園がたくさんあって、住人が、五百近くもの小さな(10平方メートルほど)区画のひとつをタダ同然の値段で借り、家庭菜園を楽しむことができるようになっています。そのほとんどが市の土地ですが、参加者のボランティアで運営されています。この菜園は、作り手だけでなく、近所のわたしたち住人にとっても、オアシスのような存在になっています。ビルのひしめき合った界隈に、ズッキーニやトマトが育っていく姿を垣間みられる緑の一角が、せわしなくなりがちな心を鎮めてくれるからです。
そのコミュニティガーデンが、最近、市によって潰されつつあります。区画開発のために不動産会社に土地が次々と売られ、ガーデンの存在が犠牲になるということが起こり、幼い子どもたちもが、家族で大事に育てたものが潰されていく様子を、涙をこぼしながら凝視する、心痛む風景が、新聞などで公表されてきました。
でも、誰も負けないのです。何が始まったかというと、今度はルーフガーデンでした。地面がないなら、住まいのビルの屋上で育てよう、というアイデアを、今、大勢の人が取り入れています。コンクリートからでも芽を出す草花のように、わたしたちは、尽きないアイデアを受け取って、新たな展開、思ってもみなかった人生模様に目を見張ることができるのです。
ニューヨークにいらしたら、上を見上げてみてください。あちこちの屋上から緑がこぼれているかもしれません。

(初出誌 Linque Vol.41   発行:国際美容連盟2013年7月)