16.たった今、わたしの目的は何だろう?

人生というものは、ほんとうに奇跡である、変幻自在、自由自在である、と、つくづく思います。
心の力というものは、かくもパワフル、変えることなど不可能に見えるものでも、たちまちにして変えられる、創造できる、という事実に驚き目を見張る日々です。
大勢のクライアントさん、生徒さんに接していて、そのように感動するのです。

そのような奇跡を経験するには、こうなりたい、こう変わりたいと自分でわかっていることが前提になるでしょう。たとえば、痩せてきれいになりたい、と思う心があれば、減量できたときに、やった! という達成感と自信が生まれるでしょうが、別にそのように願っているわけでないとすれば、失恋して食欲なくて、痩せちゃった、と肩を落とすことになります。
痩せてかえって良かったじゃない、その新しい自分で新しい彼氏を見つけなさいよ、などと友だちから励まされても、そこに達成感と目的意識がなければ、心はどのようにも動きません。
ですから、奇跡も起こりません。
目的を持って断食を決行すれば、身体はクレンジングされ、健康感があふれてきますが、食糧不足で何日も飢餓感を抱えていれば、身体は衰弱するというのと同じことです。
かつて、才色兼備で、国際社会に貢献する仕事を持ち、すばらしい婚約者もいながら、何に関しても目的が見いだせず、幸福感と無縁のまま、三十代半ばにして精神衰弱で亡くなった方がいました。目的意識というものは、生きる原動力として、欠かせないものなのですね。

さて、目的意識には、いくつかのレベルがあります。生き延びてみせるという目的、勝利感、征服感を得たいという目的、知りたいという目的(たとえば科学者が持つもの)、内なる美を表現したいという目的(芸術家の持つもの)、救われたいという目的(宗教等)、そして真に目覚めたいという目的。
どのレベルであるべきか、たった今、自分のレベルはどこにあるのかと、問う必要はありません。
問題は、その目的を果たすことがほんとうに自分の達成感になるのかということ、それから、それがほんとうに正直な目的なのかということです。
みんなが勧めるから、という理由で一流企業への就職を目指しても、それが心の底から湧き出る情熱でなかったら、就職活動は苦しいだけでしょうし、目的が果たされても、喜びはあふれてこないでしょう。
または、心の目覚め、真の癒しが目的よ、と宣言しても、正直な胸のうちが、一人前に食べていけるようになりたい、誰かを見返してやりたい、人に頼られたい、お勤めしなくてすむ道を見つけたい、云々、ということであれば、幸福なヒーリングができるはずもありません。
心が目覚めるということはいつまでたっても起こりません。

ここで間違わないようにしたいのは、ほんとうの目的が、単純に経済的な自立だということであったとしても、恥じる必要はないということです。
恥じるなんて、とんでもないことです。大事だし、切実な問題です。どんな思いも、恥じず、隠さず、まっすぐに見つめること、そして、その思いを叶えることに全力を尽くすと決めることが大事なんですね。
そのように心を決めると、すぐに宇宙は奇跡を見せ始めます。
なぜなら、「わたしの目的はこれだ」とはっきりさせ、「この目的のために頑張る」と決意とするということは、人生のすべてを自分の責任として引き受けたことになるからです。
自分の境遇、他人の言動、ひいては世界情勢などに責任をなすりつける態度が消えるからです。そして、宇宙は、責任の所在に、つまり力の湧き出る源泉、あなた自身の心の中心に、奉仕を開始するからなのです。

たった今、わたしの目的は何だろう?
いくつでも、書き出してみてください。そして、その中でいちばん大事だと感じるものを三つ、選びます。その三つを実現している自分を感じながら、今日一日を始めてみてください。ただちに宇宙のサポートがやってくるのがわかるはずです。

(初出誌 Linque Vol.17 発行:国際美容連盟2007年7月)