Frances XuがCRSに来てくれました。

David Hoffmeisterのコミュニティから、Frances XuがCRSに来てくれました。ランチの後のおしゃべりをみなさんにシェアします。この後 Jon Mundy のクラスに一緒に参加、そして彼女の素晴らしいシェア、それから彼女はロンドンへ! 画面右下のCCボタンをクリックすると、日本語字幕がご覧になれます。   Yasuko (Y): フランシス、CRSへようこそ。 Frances (F): 弥須子さん、ありがとうございます。 Y: いらしてくださって嬉しいです。 F: ご招待ありがとうございます。 Y:... 続きを読む...

On behalf of~ の心

リチャード・リーヴス氏が (by Richard Leeves)(=不名誉)という新作を出し、それが日系アメリカ人の強制収容所についてのことであり、そして著者がジャパン・ソサエティで講演をすると聞き、これは万難を排して行かなければと、出かけてきました。... 続きを読む...

中馬芳子を知っている喜び

ニューヨークで、幾人もの”ニューヨークの知性“を象徴しているように見える人から、「えっ、君は Yoshiko Chuma を知ってるの!?」と、尊敬のまなざしで見られてびっくりもし、鼻高々にもなったのは、わたしがニューヨークに住み始めて間もない80年代の終わり。 中馬芳子(敬称略)が、The School of Hard Knocks... 続きを読む...

正史と叛史

正史。それから、叛史。 このふたつの言葉の発明者は、船戸与一さんでしょうか。わたしは彼の著書でその概念を学んだのでしたが。 正史とは、表面にある、みんなが、「これが、自分たちの歴史だ」と思い込んでいる歴史のこと。そして、その歴史は「強い者が勝つ」というただひとつの論理によって編まれ、人々が、無邪気に受け入れているもの、と、氏は書いています。 叛史とは、正史から意図的に排除された歴史、正史から見るなら影の歴史、自分たちに叛く歴史であり、そして叛く側、影の側から見るなら、それこそが真の歴史ということになります。... 続きを読む...

ヒーリングは、いつでもどこでも、意志さえあれば。

Jon Mundy のクラスの休憩時間、オフィスに入っていると、ノックが。George とShakti  が外にいて、 「隅のほう、ちょっと使っていいかな」「ヒーリングしたいんだけど」。 二人とも長年のACIM の教師。そしてJon のレクチャーのクラスメート。でも、口をきいたこともなく、お互いの名前さえ知らなかった様子です。 「彼女が席の向こうのほうにいて、なぜか、彼女のヒーリングをしたいと感じたんだ」とGeorge. 「あなた、誰なの? 名前は?」とShakti. もちろん、わたしも心でヒーリングに参加。... 続きを読む...

母の日に、

二年前の母の日に、<じゃない会>ブログにサム・レヴェンソン氏の詩の抄訳を投稿しました。当時は新米ママだった方はぐっとたくましくなっていらっしゃるし、当時はまだママでなかった方も大勢いらっしゃいますね。... 続きを読む...

ニューヨークにはない言葉

今晩のCRS は前回も大好評だった、中井知恵美さん(ピアノ)+みとゆかさん(ヴォーカル)のライブで大勢のお客様をお迎えしました。知恵美さんのラテンジャズはベテランの余裕、ゆかさんは、前回も、なんてのびのびと声が広がる方なのだろうと打たれましたが、今回はさらに、「ええっ?」というようなリズムの良さと声量の絶妙なコントロールに磨きがかかっていて、驚かされました。やっぱりプロフェッショナルな人というのは自分を磨き続ける人のことなんですね。 David Freyre のパーカッションと歌、Chris Berger... 続きを読む...

『献灯使』

日中何をしていようと、就寝前の読書(とバスタイム)の愉しみは欠かさない習慣です。カンファレンス終了日に、たまたま読了となったのが、多和田葉子さんの『献灯使』。彼女に関しては、わたしは、新刊を待ち望んでは胸高鳴らせ、本に向かって手を合わせてからページを開く、というほどのファンです。彼女の作品は、どれをとっても秀逸ですが、この新刊は、傑作、などと呼ぶには失礼なほど。人の想像力のはばたきとは、こんなにも自由で限りのないものかと、各ページ、うれしい驚きに満たされながら、読み終わるのを惜しみながら、の読書時間でした。... 続きを読む...

息と念

今回のカンファレンスで、わたしは、「神の息」のお話をさせていただきました。幼少時の喘息からの回復のことや、ニューヨークに来たときのこと、9.11. のこと、など、奇跡の光を感じた、個人的なターニングポイントのいくつかをお話しました。... 続きを読む...