愛について 23

愛とは何か。
それをわたしたちは知ることはできない。
なぜなら、この宇宙全体が愛であり、わたしたち自身が愛そのものだから。
つまりわたしたちが「愛を客観することはできない」から。
けれどもわたしたちは、愛を感じることによって、愛をわかることはできる。
ホーリー・スピリットというコンセプトによって。

これが、今まで考えてきた愛についての考察です。
ホーリー・スピリットなるものが、愛を知る鍵だとするならば、そのホリー・スピリットについて学んでおかなければなりません。ホーリー・スピリットとは、いったい何でしょうか。
ヨーガの師匠アイアンガーは、こんなふうに言っています。 「われわれは、”それ”をプラナと呼ぶ。中国では Chi、日本では気、そしてキリスト教の人々にはホーリー・スピリットと呼ばれる」。  これは”それ”について、かなりわかりやすい説明になっていると思います。
この言葉に従えば、ホーリー・スピリットとは、生命の力そのものだということですね。 啓示であり、インスピレーションであり、いわゆる”超能力””サイキック能力”の源であり。 つまり、ホーリー・スピリットとは、わたしたちに力を運んでくれて、また、真の情報を伝えてくれる存在、なんですね。  ということは、わたしたちの生命力と、ほんとうの情報は、ホーリー・スピリットを通してのみ、伝えられると言えるのではないでしょうか。
生きて、愛するのに、それを理解する必要はありません。なぜ生きているのか、愛とは何なのか、この情熱はいったいどこから来るのか、自分はどこへ行こうとしているのか、自分にとってしあわせとは何か・・・そんな問いかけをする必要はありません。問わぬまでも、生きてしまうし、愛として、愛のなかに、存在してしまうからです。
けれども、この問いかけに対する答えを「意識のなかでわかりたい」と欲するのなら、ホーリー・スピリットという存在を理解することは、避けて通れない、というより、「自然にホーリー・スピリットを理解することに行き着いてしまうはず」と思います。
わたしが自分のこれまでのことを振り返っても、そのとおりだなと感じます。幼稚園に入るより前から、「これは何だろう」「いったいどういうことだろう」と考えることはあり、「生まれる前は、わたしはいったいどこにいたんだろう」というように思うこともあり、その後もずっと、ほんとうのことが知りたいという一心で、読んだり聴いたり、旅をしたり、恋をしたり、書いたり・・・さまざまなエネジー・ワークを学んだり、そういうことをしてきて、「それでホーリースピリットにたどり着いたというわけなのね」と合点がいきます。
そして、そのホーリースピリットを理解するためには、先のアイアンガーの言葉では足りないと、わたしは思うのです。わかりたいのは、キリスト教におけるホーリー・スピリットではないですしね。
わたしがホーリー・スピリットという言葉を使うと、日本人のみなさんはよく「守護霊のことですか」とお尋ねになります。精神世界の本などをよく読んでいらっしゃる方は「ははあ、ガイド(=水先案内人)ですね」とおっしゃいます。どちらも間違いとは言えないでしょうし、ほかにもさまざまな呼び名があるでしょう。ホーリースピリットの呼び方やイメージ、見え方感じ方は、文化によって、宗教によって、時代によって、人によって、千差万別なのです。
わたしはここで、千差万別ではない、たったひとつのホーリースピリットの真実、実体が何なのかに迫りたいと思います。 そのために、まずちょっと寄り道をさせてください。
クロップ・サークルとは、ご存知、ミステリー・サークルとも呼ばれる、世にも不思議な、世にも美しい巨大紋様のことです。イギリスのものが数も多く、有名ですが、少なくとも29カ国に出現しているということです。  わたしがクロップ・サークルに興味を持つようになったのは、十五年ほど前に、アスタープレイスのバーンズ&ノーブルの二階で、ラスタ帽をかぶった黒人の男性ふたりの会話を耳にしたからでした。
彼らが向かい合って座っているテーブルに背を向けて、わたしはフィクションのWのコーナーで本を探していました。 「あれは、地球の傷口なんだよ」  最初に聞こえたその声に、思わず振り返ったわけです。 「クロップ・サークルっていうのは、人間が地球を傷つけてきて、ついに地球が傷口をぱっくり開けた、その部分なんだよ」  クロップ・サークルは、人間の手の込んだ悪戯か、それとも宇宙人の警告か、という議論が真剣にかわされていたくらいに、まだ皆が無知だった頃です。わたしは、そのジャマイカンの二人によって第三の見解が生まれた、とは思わなかったのですが、なぜか、彼らの雰囲気をとても好ましく感じ、傷口という言葉が優しく響き、そして異様なほどに、自分がクロップ・サークルに惹かれていくのがわかったのです。
その後、大勢の熱心な研究家によって(特に、米国一の広告代理店を辞めてまで クロップ・サークルの研究に打ち込んでいる Freddy Silva のおかげで・・・・この世界のどんな分野も、こんな酔狂な人たちのおかげで、無知から気づきへ、貧弱から豊かさへとシフトしているんですね)クロップ・サークルについて、たくさんのことが見えてきました。
同時進行で、クロップ・サークルのほうも、どんどん進化していきました。紋様がますます複雑になっていき、大きさも、直径150mに及ぶものまで出現するようになりました。
クロップ・サークルの摩訶不思議さにはいろいろあるのですが、たとえば、折れ曲がったり倒れたりしている草の組織が変化していること、土壌の成分も、磁場も、変化していること、地下水にも変化が起こっている、というようなことがあります。人間が草を倒したり刈り取ったりしただけでは、このようなことが起こるわけがありません。
その草というのが、人間の背丈よりずっと高いこともあります。クロップ・サークルのあたりに立っていても、その全貌どころか何ひとつその目で観ることができない、サークルの紋様を見渡すには、高く宙に浮かび、俯瞰して眺めるよりほかにないのです。さらに不思議なことには、鳥の群れが飛んできて、クロップ・サークルの上空にさしかかると、さあっと二手に分かれ、サークルを避けて飛ぶのだということです。  紋様自体が立体的なものであること、地下にも、上空にも、人間の目には見えない何かが伸びている。これでだけでも興味を惹きつけられずにいられない魅力なのですが、クロップ・サークルのミステリーの筆頭は、なんと言っても「一瞬のうちにできる」ということだと思います。だいたい15秒、20秒という短時間でできあがってしまうのです。
目撃者の証言にはふたとおりあって、ひとつは、「光のかたまりのようなものが浮かんで現れたと思ったら、こんなものができていた」。もうひとつは、「かすかな振動のようなものが聞こえたと思ったら、こんなものができていた」。  昔から、音で図形が創造できることが知られていますが、クロップ・サークルも、ある音波が生じて出来ることが今までにわかっています。非常に高い音波、つまり超音波なので、人間の耳には、かすかな振動として、ほんの一部が伝わるだけですが。
どうも、クロップ・サークルというのは、光と、音と、磁気のようなものでできたエネルギーが創造したものらしいのです。だからクロップ・サークルを「凍った音楽」(音が形に固められたもの)と呼ぶ人もいるというのですが、うっとりしてしまうきれいな表現ですね。    さて、これは一体どういうことでしょうか。  クロップ・サークルは立体的な創造物である。しかし、その上方、下方はわたしたち人間の目には見えない。地下水や鳥の動きによって、”何かある”ことはわかっている。そしてそれは、一瞬のうちにできる・・・つまり、これは、上空から俯瞰するだけではとても足りず、4次元の世界から眺めなければ知覚できない創造物だということです。
3次元の世界、現在のわたしたちの能力で知覚できる限られた世界では、ひとつの角度からしか見られない、ほんの一部しか見えないもの、それがクロップ・サークルなのです。  わたしたち自身と同じだ、と思いませんか。  鏡に映る姿や、頭で考えること、五感でとらえること、そのすべてをかき集めても、自分という存在全体にはならないと、感じることはありませんか。自分とは、もっと大きな何かであって、それは自分の知覚ではとらえきれないものなのではないかと。
だからこそ、クロップ・サークルというものの全体を、把握することができたら、その全体はいったいどんなふうに見えるのだろうと、夢想せずにいられないのです。クロップ・サークル自体が、「やってごらん、よく観察してごらん」と挑んでいるように感じずにいられないのです。めくるめく美しさと摩訶不思議さでわたしたちを魅了し、誘惑しながら。
そして、このクロップ・サークルの全体をとらえる視点、その眼を持つ存在を、ホーリー・スピリットと呼べるのではないかと思うのです。  それは、ホーリー・スピリットの、たぶん、ひとつの条件にすぎないのかもしれませんが、ここではひとまず、これをホーリー・スピリットの定義としてみたいのです。  なぜならば、わたしたちの五感や知能の限界を超える視線を持たなければ、生命とは何なのか、愛とは何なのかはわからない。わたしたちが、その視線をください、教えてください、「いったいここで何が起こっているか、見せてください」と頼む存在がホーリー・スピリットだからです。
かつてオルダス・ハクスレーが『知覚の扉』 ( 1954 ) で、LSD を摂取したときに、どれほど知覚が変わるか(=この世の法が変わる)ということを鮮やかに見せてくれましたが、わたしたちは今、LSD を使っても届かないレベルに、知覚をシフトさせなければならない時に直面しているということなのではないでしょうか。  愛を怖がらず、愛を誤解せず、愛のただ中を生き抜きたい。  だから、愛を知りたい。知覚の限界を突破したい。  つまり、ホーリー・スピリットの視線を持ちたい。  ホーリー・スピリットの目で見れば、クロップ・サークルの全体像がわかる。  愛がわかる。  これが、わたしがこの人生で学んでいることです。  わたしのライフワークです。

知覚の扉が清められれば、あらゆるものが無限に見えるようになる。 by William Brake

幻想の世界にとっつかまってるからなんだ。
いつもひとりぼっちでさびしいし、 からだは混乱してるし、 覚えてることもめちゃめちゃだし。
だからやっと夜に逃げ込んだって、そこもまた幻想なんだよ。
by The Doors ( Translated by Yasuko Kasaki)