愛について 21

日本から届いた薄い冊子をお風呂のなかでめくっていたら、万葉集の愛の歌が何編か紹介されていました。  そのうちの、心打たれた一編、

玉津島  磯の浦みの  真砂にも
匂ひて行かな  妹が触れけむ (柿本人麻呂)

国文学者の中西進先生がこのように訳していらっしゃいます。

玉津島の海岸の砂で、身体を美しく染めて行こう。 大好きな人が手を触れた砂だから。

かつて好きな人が訪れた海岸にやって来て、その砂に触れ、ああこの砂に、あの人も触れたのか、と思うと、その砂に、からだが美しく染め上げられるような気がするというのです。
これが、恋というものですね。  好きな人が触れた(そこを歩いた)、と思うだけで、砂に生命が宿るのです。 これが、愛の力ですね。 柿本人麻呂の恋する女性は、実はすでに亡くなっているのです。生前のその人に、少しでもつながっている、その海岸の砂の一粒一粒が、自分の全身を輝かせるように感じるとは、なんて官能的な、愛の讃歌でしょう。なんてクリエイティブでしょう。なんてスピリチュアルでしょう。

好きなあの人がくれたハンカチーフを大切にする。それももちろん、美しいことですが、まあ、あたりまえの人情ですよね。でも、あの人が「落とした」ハンカチーフを大事にする心には、せつない、生き生きとした、生命の讃歌が感じられます。  このせつなさには、おそらく痛みがともなっているでしょう。もしかしたら、彼は自分に微笑んでくれることさえないのかもしれません。 彼にはほかに大事な人がいるのかもしれません。 自分に与えられた唯一のものは、彼がたまたまポケットから落としていった一枚のハンカチーフだけなのかもしれません。その小さい布きれに触れて、「彼」を感じ、震える心をじっと抱きしめる彼女は、見るに忍びない、みじめな女でしょうか。
そう見る人もいるでしょう。わたしなら、絶対そんなことはしない。こちらに見向きもしない男のハンカチなぞ、女の誇りにかけて、決して触れてなるものか。そのように考える人もいるでしょう。
そんな健気な姿もまた、ひとつの美しさだと思います。でもわたしは、ハンカチーフに、ひそかに、そっと顔をうずめる恋する女に、真の誇りと、美しさと、輝きとを、感じてしまうのです。

恋に堕ちるという”衝撃”は、身体的な病と同様、自分を他者から遠く引き離します。 自分がひとりだと感じ、自分と他者の間に大きな隔たりを見ます。恋が実って、その隔たりがなくならない限り「わたしは決して満足できない、しあわせになれない」と信じ込んでしまいます。
それは、でも、完全な見当違いなんですね。
恋したから、恋が実らないから苦しい、心が痛いのではなく、実は、もともと心に孤独の痛みがあって、それが恋によって、浮上してきてきた、というのが事実かもしれません。ふだん、わたしたちは、心が痛くても、それをごまかし、ないフリをする術をいくつも持っています。快楽的な都会に暮らしていなくても、インターネットがあればいくらでも時間が潰れるご時世ですし。  懸命に蓋をしてきた痛みが、恋という竜巻によって吹き上がってきたということです。

ここで、さらに注意しなくてはならないのは、痛みというエネルギーは実は存在しないということです。 今まで繰り返し書いてきたように、宇宙は愛というエネルギーでできています。わたしたちは、愛でできている存在なのです。 ですから、わたしたちの心身に生まれるすべてのエネルギーは、それが悲しみであっても、締めつけられる痛みであっても、例外なく、愛のエネルギーということになります。
ですから、心に閉じ込めてきた孤独の痛みが浮上して、それがハンカチーフに顔をうずめるそのときに、愛のエネルギー、本来のエネルギーの姿に戻るのです。
自分の心に湧き上がってきた感情がどんなものであっても —恋心であれ、嫉妬心であれ、怒りであれ、胸つまらせる喜びであれ— わたしたちは、そのいずれをも、誰かのせいにはできないのです。消し去ることも、できないのです。
だから、心に渦巻く想いを、堪えて持つことができるように、心を訓練することが、ほんとうに大事だと思います。  わたし自身は、二十代の、恋の渦巻く季節に、このことを痛感しました。当時は、恋に気持ちが浮き沈みするだけでなく、仕事というものを通じて世界に漕ぎ出していった時期でもあり、たくさんの旅があり、音楽があり、またオートバイもありました。 すなわち、毎日が、「胸がいっぱい」であるか「胸つぶれる想い」であるか、という状態だった頃、それらの想い、感情、感動、感激を抱えていることが、実に狂おしく、いたたまれないほどだったのです。

もちろん、それらのすべてを誰かと完璧に共有したいと願い、そのように全力を尽くしましたが、たとえば、湖畔のカフェで、「彼が煙草を唇に持っていくときに、彼の指に夕陽があたってきらめいた。そこになぜか、永遠と愛のようなものを感じて胸がいっぱいになった。全世界にありがとうと叫びたい気持ちになった」ということを、彼に話し、彼が理解してくれても、その瞬間を目撃したのはわたしひとりであって、彼のために再現することは不可能なのです。 それにまた、その瞬間を、「そのように目撃した」のはわたしなのであって、そこから生まれた感情も、わたしひとりのものです。 わたしがこのように、いくつもの瞬間を、わたしの角度で目撃し、感じる、考える、という行為はすべて、言ってみればフィクションです。 わたしは、こうして心のなかに、わたしだけのフィクションを創造し、創造し、もっと創造し、たくさん積み上げていって、そしてそれを自分ひとりだけのものとして、人生を終えていくんだなあと、思ったわけです。人生とはまことに狂おしいものだなあ、死にたいほどに、と思ったのです。 そして、死ぬのではなく生きるのなら、この狂おしさ、いたたまれなさに堪えられる心の強さを持たなければいけない、とも決心したのです。   これが、わたしが「自分の感じたこと/考えたことには責任を持とう」という認識を得た最初です。それは同時に「自分が何を感じ/考えるかは、全部自分次第である」という認識でもありました。その後の年月には、二十代とはまた違った狂おしさもあり、逆に深い悲しみや孤独感や絶望感といった経験もしましたが、それらに振り回され、かき回されて、目の前の愛に盲目になってしまうということを避けることができたのは、この認識に基づいて、練習をしていたからだと思っています。
相手の態度や相手の思いに反応するのではなく、相手が歩いたかもしれない浜辺の砂に、生命を感じる心、恋愛の相手でも、家族でも、友でも、誰かをいとおしく感じる自分の心を大事に喜ぶ姿勢をこそ、もっと鍛えて、もっと練習して、もっともっとたくさん積み上げていきたいものと思っています。

その人が触れたかもしれない海辺の砂をすくい上げてみる。  そのとき生命のエネルギーが湧き上がって、全身に満ちるのがわかる。
「あのひとのたましいがここにもいる」ことがわかる。
そんな感受性を育てていくことが、いちばん大事なことかもしれません。