愛について 16

五感でとらえる愛、すなわち官能的な愛。  これは、すばらしいものです。捨てがたいものです。
五感を閉じて知る愛、すなわち神の愛。  こちらは、ぜひとも知りたい愛です。  いいえ、たとえ知りたいと望まなくても、いずれ知ることになる、すでに用意されている愛といっていいかもしれません。
官能的な愛は、注意深く育てれば、祈り、瞑想になります。  その先に神の体験がある、と付け加えれば、そう言えばそうね、確かにそうだわとうなずかれる方もいらっしゃるのではないでしょうか。

わたしはここで、神の愛という表現を、この宇宙を満たしている調和のとれた力そのもののこととして使っています。  澄んだ夜空を見上げるとき、天体の美しさ、不思議さを感じない人はいないでしょう。地上に太陽の光が降り注ぎ、植物に含まれる葉緑素が光合成をして、酸素を吐き出す。その酸素を動物が取り入れる・・・こうした生命連鎖を見事と思わない人はいないでしょう。
草原で、フラミンゴが命を落とす映像を見たことがあります。  弱って動けなくなったフラミンゴを、遠くでゴリラがねらっていました。ついに群れから取り残されたところを、ゴリラは、ガブリ。あらかた食べてしまうまで、今度は遠巻きにハイエナの群れが見つめています。ゴリラが去ると同時に走り寄り、残された肉のほとんどを食べてしまいました。次に禿鷹が「ご相伴にあずかりに」やってきたあとには、見事に、骨だけが残されるだけになりました。アフリカの草原の一点に、ぴかぴか光る骨。そこにやってきたのは、色鮮やかな蝶、でした。骨に小さな針を刺し、骨髄を吸い上げる蝶の群れをスクリーンに見ながら、ぞくぞくと鳥肌がたったのを覚えています。  優雅な蝶が見せた、思いがけない”野蛮さ”と、その美しさに惚れ惚れとしてしまったのです。
フラミンゴは、自分の身体が、蝶の生きる糧になっているなど、思いもよらなかったでしょう。風が吹くと桶屋が儲かる、とはよく言ったもので、身体でさえ、そのようにお互いがうまく支え合うようにできているのです。それぞれのバイブレーションが与え合う影響の大きさ、広がりには想像を超えたものがあるはずです。

この宇宙の調和を創造しているものとまったく同じ力が、自分のなかに宿っているのを感じます。その力が、わたしの髪を伸ばし、爪を伸ばし(身長はもう伸びませんが)体内の、恐ろしく複雑な機能の調和を保ってくれていると感じます。 全知全能の神、と言いますが、全知全能の力が、自分のなかにあると感じるのです。それは、信じられないほどの安心感なのです。  より正確に言うならば、そう感じる瞬間があったのであり、あったからには、それが実在することがわかっているのであり、だから、それを常に覚えていようと努めている、というところでしょうか。

そう感じる瞬間とは、では、どの瞬間だったのか。  それは、やはり、官能的な愛のなかでだった、と言うことができます。今まで書いてきた、ありとあらゆる形態の官能のあちこちで、です。
わたしの観察では、誰もが、官能を通して、神の体験をするとは限りません。五感よりも知性から入る人もいるでしょう。書物から、つまり学問を通して平和に近づく方法です。あるいは、ひたすら労働に打ち込むこと。あるいはまた、祈りと瞑想にすべての時間を捧げること。最後の道は、修道院生活が必要なものですが。

わたし自身のことを考えてみると、この全部を組み合わせて生きているし、このどれが欠けてもバランスを失う気がします。 立秋を過ぎた八月の空の色を見上げるときも、読書の最中でも、至高体験は起こります。
官能的な至高体験のうち、わたしにとって特別な位置を占めるもの、特定の形態をとるものとして、ローリング・ストーンズ・コンサートの“追っかけ”と、金環食の“追っかけ”があります。  金環食とは、ご存知のとおり、太陽と月と地球が一直線に並んだときに、太陽が月で完全に見えなくなる皆既日食のことです。 太陽の光が、月のまわりに指輪のように細い光のリングとなって現れるので、金環食と呼ばれます。そのリングに、光が粒になって盛り上がる一点ができることがあって、それはダイアモンドの指輪そのものに見えます。
人間の歴史のほとんどで、日蝕は、神の怒りとしてとらえられていました。多くの社会で、日蝕を見るのを禁じていたそうです。
「それはあまりにも至福の体験なので、政府は国民に許さなかったのだ」  と、言われています。  確かに、得も言われぬ、他の何ものとも比較しがたい、至高体験なのです。

わたしがはじめてその体験をしたのは、一九八七年でした。婚約者と一緒に、金環食を見るために、沖縄に行きました。数日前に沖縄入りし、レンタカーで最適なスポットを探し、沖縄大学主催の金環食講座に出席し、その他いろいろ、という念の入れようでした。  午前十一時を少し過ぎて、それはまず、鳥の鳴き声で始まりました。太陽が月に隠れ始めると、大気の温度が急速に下がります。光度ももちろん下がります。鳥が、夕方と勘違いして、鳴きながら、寝床に帰っていくのです。
そして、虫が輪唱を始めます。夜になり、さあ起きて鳴く時間だ、と思うのです。  太陽が、さらに月に隠されていくと、気温がもっと下がって、雲が凍りつきます。凍った雲というものを、どのように表現していいか、わかりません。かき氷のような、というのが今のわたしの精一杯の比喩です。もちろんこの時、風速はゼロになります。  そしてさらに、影が形を変えます。木の葉が、ゆっくり、月の満ち欠けそのままに、欠けていくのです。  次の瞬間、空の真ん中に、輝くダイアモンドの指輪が現れました。  月が太陽の正面に入ったのです。このとき、全体の光量は30%まで落ちるのだそうですが、空は、暗いというわけではないのです。いいえ、暗いのですが、闇に向かう暗さではなく、何か別なものに近づいているような色合い、または、光からも闇からも遠ざかっていくような、今まで体験したことのない世界に包まれているような、そう、セピア色に変色した写真のなかに自分が吸い込まれた感じです。
すぐ隣にいる婚約者が、古びた写真から抜け出した人物のように見えました。
ゆっくり月が太陽を抜けていき、雲が溶け、風が自由に流れ出し、虫が急に口をつむぎ、鳥が「あれっ、もう朝だ」とあわてて目覚めて飛び立つまで、全部で二分半。その間、わたしはと言えば、”あり得ない世界の姿”と、その姿が示してくれた”摩訶不思議な風景”にあっけにとられて、ただただ、忘我の状態なのでした。

一九九二年には、メキシコ西海岸、プエルト・バヤータに出かけていきました。  わたしたちは、リゾートホテル・エリアを避けて、ミネラル・ウォーターをロバに乗せた業者をつかまえ、漁師に直接採りたてのエビを注文する、といった生活スタイルを選べる村外れで自炊しながら、その日に備えていました。このたびの金環食が、三分半にも及ぶこと、メキシコがアメリカのお隣で、それは大勢のアメリカ人がこの地を訪れていること、アメリカ人特にヒッピー世代の人々は、殊の外このような現象を愛することを迂闊にも知りませんでした。    前々日、レンタカーを探しに言ったときにはときすでに遅し、一帯の自動車という自動車は、すでに借り切られている状態だったのです。 そこで幾人もの仲介を通して、四十万円を費やして、ようやく一台の車を手に入れたことは、忘れがたい思い出(?)になっています。  三脚にカメラをセットした、大勢の金環食愛好者から離れた静かな場所に、ベスト・スポットを見つけました。今度はビーチでした。前回と同じ現象が、雲、鳥、虫、影に起こるほかに、潮の満ち引きに、「あれっもう朝か」「もう昼か」の混乱が起き、波が、垂直に立ち上がっては崩れる、ということを繰り返しました。
波が大きく立ち上がり、しかしこちらには向かってこないで、その場所に崩れ落ちる。これも想像を超えた景色です。やがて波は鎮まり、海は完全に凪いだ状態になりました。  連れ合いが(このときは婚約者ではなく夫になっていました)やはりセピア色に見えます。すぐ隣にいるのに、はるか遠く、あるいははるか昔の存在に感じられます。紙に永遠に焼きつけられた存在、生身の彼は姿を消して、永遠の何かだけが、このビーチに残された、という感じでした。    たくさんの社会が、金環食を見るのを禁じたのは、この永遠を知ってしまう快楽を、国民に知らせたくなかったからだ、「お上」だけの秘密の悦楽にしたかったからだ、とアンドルー・ワイル博士は言っています。 彼はまた、金環食を、太陽と月の結婚、と呼んで、どんなドラッグよりも強烈な体験と言っています。  わたしは、沖縄で感じた”摩訶不思議”を、メキシコでは”永遠の景色”と理解できていました。太陽と月の結婚。これこそ、わたしたちが切望している永遠のこと、その方法なのではないでしょうか。 内なる太陽と、内なる月が和解し、愛し合い、ひとつに溶け合うとき、やっと、穏やかさと、満ち足りた感覚と、あふれる愛に出会うということではないでしょうか。
太陽と月はひとつ。  あなたとわたしはひとつ。  この至高体験は、そのまま「わたしの生きる意味/目的」にならないでしょうか。
数ヶ月前に彼と会ったとき(夫から元夫になっています)次の金環食は来年三月二十九日と情報をくれました。午前十一時トルコの上空で、完全なものが見られます。久しぶりにその太陽と月の結婚式に立ち会いたいと思っています。ご興味のある方、ぜひご一緒しませんか。