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3週間の滞在を終えて、ニューヨークに戻るところです。

今回は、三日間の中野セミナー、名古屋セミナー、その他のクラス等で、大勢のみなさんと、“見極め”をシェアさせていただきました。わたしたちには、いつも軌道修正が要るようです。たぶん毎日。たぶん一時間に一度。たぶん五分に一度。いいえ、軌道修正こそが生きることそのものかもしれません。

罪悪感に逃げずに、“楽・楽・軌道修正” を続けたいです。

この冬、 特に日本を震撼させた出来事は、少なくありませんでした。ドキリとし、軌道修正に時間がかかることもありました。

「時間をかけて」「ていねいに」心の訂正をし、それをシェアしてくださった井上由紀子さんに、「他のみなさんともシェアしたいから、話してくださったことをそのまま書いて」とお願いしたら、あっという間に送ってくださったので、日本を発つ前のみなさんへの感謝に代えて、ご紹介します。

このように訂正ができること、このような訂正を分かち合えること、受け取っていただけること、そのうれしさを胸に抱えながら、もうすぐ搭乗します。

成田空港にて。

 

『イスラム国(IS)兵士と共に歩んだ「ゆるし」のプロセス』

井上由紀子

「イスラム国に、2人の日本人が人質に」

「人質、殺害」

このニュースと映像に私は衝撃を受けました。当然、世界中の多くの人々もこの事について様々な思いや考えを巡らせたことと思います。

そんな中、コースを学ぶ私はどうこの事件と向き合うのか…、判断をせずどの様に見ていくのか…、激しく動揺する私の心の中に、「ゆるしたい」という小さな光がありました。

「ゆるしたい」という小さな光は、まず心の観察へと導いてくれました。

そして、そこに見たのは衝撃という大きな塊。更にその塊の中にある、「怒り」「悲しみ」「憎しみ」「恐怖」「嫌悪感」…。

少し経つと、今度は、この胸が悪くなるようなドロドロとした感情の渦から少し離れてそれを観察している私に意識が向きます。すると、その観察している私にも思いがあることに気が付きます。「どうして、今でも、私はこんな酷い出来事を見てしまうのだろう?」と。

それは、無力感、絶望感。そんな、思いの中、最初に私がホーリースピリットに差し出した祈りは、「どうか、あの兵士を憎むことがありませんように。」この時点では、これが精一杯でした。

ホーリースピリットに最初の祈りを捧げた次の日から、日々のワークブックレッスンを、この「ゆるし」の拠り所としました。目を閉じ、兵士を心の中で見つめ、レッスンに当てはめていったのです。

レッスン273「神の平和の静けさは、わたしのものです。」(そして、神の平和は、あなたのものでもあります。)

レッスン274「今日という日は、愛に属しています。わたしが、恐れを抱くことがありませんように。」(あなたを神が創造されたままにしておけますように。)

レッスン275「今日、神の癒しの声が、すべてのものを保護します。」(私がキリストの耳を使えますように。あなたの声がきこえますように。)

ちょうどこのあたりから、それまでとは違う言葉をニュースや新聞で見聞きするようになってきました。

「憎しみの連鎖は断ちましょう。」「彼らのことを、攻撃したり恐れたりしないように。」…。

そして、「彼等だって、見方を変えれば私たちが救おうとしている難民なのです。」

このコメントを読んだとき、やっと、私と兵士は同じなのだと感じることができました。

その後、穏やかな気持ちでいることができたのもつかの間、レッスン280の日、私は大きな壁にぶち当たってしまいました。

それは祈りの文の中にある、「今日あなたの子を讃えることができますように」、この言葉です。

兵士に対して、憎しみや怒りはもう感じることはありません。では、讃えられるか?…無理だ、という思いが心を満たしていました。

「ゆるし」の道を、この大きな壁に遮られてしまったのです。

今度は、この思いを「ゆるし」ていくこととなりました。

まずは心の観察です。…、が上手くいきません。「讃えられない」とあるだけで、なぜ讃えられないのかが全く分からないのです。

そこで、この観察の時点からホーリースピリットに助けを乞いました。「私は、なぜ讃えられないのですか?」と。すると、すぐに返事がやってきす。「それは三段論法で。」と。

㈰    私=兵士。これには、今までのワークのおかげで異論はありません。

㈪    神=私。コースの基本です。これにも異論はありません。

㈫    神=兵士。これは讃えられないので成り立ちません。

㈫が成り立たないということは、即ち、㈰もしくは㈪の少なくともどちらか一方がイコールではないということになります。

ここで改めて心の観察。イコールが成り立たないのはどれか?㈰と㈪、どちらの方をイコールだと思っているのか?

答えは明白でした。私=兵士、これだけがイコール。神と私はイコールではない。

私はいつの間にか罪悪感で兵士と「ひとつ」になっていたのです。「だって同じ環境に生まれ育ったら、きっと私だって同じ行為をしてしまう。(なぜなら、私たちは罪を犯してしまう存在なのですから。)」というエゴの論理にすり替わっていたのです。

この誤りに気づけた私は、共に十字架から下りるため、ゆっくり瞑想をし、兵士に「ハロー」と繋がることを試みました。もちろん、ホーリースピリットにゆだねて。

彼からのメッセージが届きます。「私はあなたと同様、自分にとって何が幸せなのか何もわかっていないだけなのです。」

この言葉に私は救われました。私たちには罪はない、ただ、何もわかっていないだけ、目覚めていないだけなのだと。

自然に感謝の思いが心を満たしていく中、心の目で見ていた兵士は「キリスト」の姿に変わってゆき、「わたしをゆるしてください。」と優しく語り掛けてきました。

「ゆるしたいです。いえ、もうゆるしています。…そして、ありがとうございます。」この言葉と共に瞑想からこの世界に戻ってきました。

不思議なことに、この日以来、私は「キリスト」を見るようになりました。私が葛藤や不平不満を感じた人が、ことごとく「キリスト」の姿となり、「ゆるしてください。」と言うのです。おかげで私は、エゴに突っ込んでいくことが無くなってきました。

遠く離れていながらも、私と共に「ゆるし」と「奇跡」を有らしめてくれたイスラム国の兵士、即ち私の兄弟である「神の子」に、今も「ハロー」を送り、心から感謝捧げています。

 

 

一連の「ゆるし」のプロセスはここで終了しました。相変わらず、流れているニュースはこの世界が地獄であるということを訴えるものばかり。いまだにテロも続いています。

私の「ゆるし」は何らこの世界に影響を及ぼさないかのようです。

でも、私は揺るぎません。なぜなら、私は罪の無さを彼の中に見たのですから。

そして、レッスン341の本文の中にある言葉が私を支えてくれます。

「罪の無さが優しく反映される中で、わたしたちは救われます。」

「罪の無さが優しく反映される」日を、私は信じて待っています。

 

 

井上 由紀子 東京都練馬区在住 [email protected]  2010年、知人の紹介でACIMに出会い、同じ年の7月、香咲弥須子セミナーに初参加。2012年からファシリテーターとして、ACIMの勉強会をスタート。現在は、定期的に月4回勉強会を主催(練馬区)。希望者による個人クラス、ヒーリングも。