しばらく前までは、世界の歴史はライフ・マガジンの写真が綴っていました。ライフ誌が撮る”歴史的瞬間”を時間軸に沿って眺めると、「自分が生きている時代が一望できる」感じがしたものです。ニューヨークに住み始めてしばらくは、いつも、スーパーマーケットのキャッシュレジスターの隣のラックから引き抜いて、カゴの中の野菜の山の上に載せていたものでした。

しばらく前、と書きましたけど、はるか昔のことです。ライフ誌は1970年頃までが最盛期だったそうで、少しずつテレビに押されて、わたしの好きだった月刊誌は2000年に休刊になってしまいました。(特別号は出ています)

今、ライフのようなフォト・ニュース誌にとって代わっているのは、テレビなどではなく、インターネットのメディアです。毎日、毎瞬、大量のショットが登場し、そしてそのなかのやはり大量のショットが、一瞬にして世界に散らばっていきます。もはや、歴史は、”綴られていく”直線上にあるものではなく、花火のように散っては消えていくアブクのようなものになっているんですね。

先週、CRSの近く(わたしの自宅の近くでもあります)でビルの大きなガス爆発事故が起こり、9.11.以来とも言われる黒煙が立ち上り、イーストヴィレッジの空を覆いました。三つのビルそれぞれの一階に入っていたお寿司屋さん、ラーメン屋さん、ベルギーのポム・フリッツ屋さんが全壊、もちろんその上の住居も全壊です。亡くなった方が見つかったのは四日後、生きている猫が見つかったのが一週間後の昨日です。

この事故は、三大ネットワークでも大新聞でもCNN でも大きく報道され、日本でもニュースが流れたはずですが、何よりもこの事故を有名にしたのは、facebook に載った一枚の写真でした。黒煙を上げ、あかあかと燃えるビルを背景に、若い女性たちが”嬉々とした”(と見える)様子で、セルフ・スティックを使って自分たちを撮った一枚が、たちまち世界中の人の目に止まり、怒らせ、嘆かせ、その写真はついにニューヨーク・ポストにまで載ってしまいました。

いつも人を怒らせ、悲しませるとは限りません。笑わせ、考えさせ、ほっとさせ、、、という写真の数々が混沌とした”今日”を構成しています。例えば先月は、1着の青いドレスが、世界中のfacebook やブログやニュース記事になりました。何を撮っても品格のようなものがあったライフ誌の写真とは違い、それぞれに漂うエネルギーも千差万別、一枚の写真に群がる人々の気持ちのかけ方もばらばら、そのなかの一枚が、今日の、世界でいちばん有名な写真、となるわけです。今日の、でしょうか? この一時間の、でしょうか? いいえもっとスピーディなのかもしれません。

下記の一枚は、わたしたちイーストヴィレッジャーが大事にしている鷹のドーラとクリスト、その子供たちの、新しい巣でのショット。この一家を見守るご近所さんグループのブログからお借りしました。ドーラとクリストの巣が取り壊されることになって、彼らは新しいビルに格好の場所を見つけ、そこを新居としたのです。

 

Dora-@-christo