l_396eba1eceaf41c529f9e9d2392974baACIM で言っているように、誰かを心配することは、その人の弱さに焦点を当てていることになるので、究極的にはその人を糾弾していることにつながります。そしてそれは自分自身の弱さを責めることにもなっています。大事に思うから心配するのに、そこにそんな力学がひそんでいるなんて、、、心のなかで起こっていることを無意識のままにしておきたくはないですね。

でも、「心配しない」ことと「そのことを考えない」ことは違います。「心配しない」というのは、その心配、心配している人や事柄を、心に住まわせ、受け入れ、その心配が心の愛に溶けていくまでずっと一緒にいることです。

病気だったり失業だったり、”一見心配なこと”、そして”実際、気にかけずにはいられないこと”を、わたしは長年いつもたくさん心のなかに住まわせています。”一見素晴らしいこと!””応援したいなとドキドキしてしまうこと”も、たくさん心に住んでいます。その住人たちと、毎日一緒に生きるようにしています。忘れないよう、祈っています。忘れると、自意識が頭をもたげてくるように感じるので、すぐわかります。

今日の写真は、ヴィジュアル・アーティスト、ライターの末田裕子さん。彼女が亡くなってから5年半経ちますが、今も毎日彼女はそばにいます。ますます近くなっているような感じさえ、します。